2/28 パカパカ

2009年02月28日


(江戸名所百景=新宿)

馬がわらじをはいている珍しい絵です。



蹄鉄というものは海外では2世紀位からあったようですが、

我が国では明治になってからのことです。

昭和20年まで蹄鉄工が不足し、優遇されていたようです。



私としては蹄鉄が無くても “パカパカ”という蹄の音が気になりまして・・・・。

ついでに、馬用のシャンプーは人間用に販売されました。

馬の脂は “馬油”として火傷によいそうです。  

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2/27 命短し恋せよ

2009年02月27日


映画 『生きる』

末期ガンを悟った男が、生きた証として小さな公園をつくるドラマ。

挿入歌 “ゴンドラの唄” は2回歌われます。

(大正期に作られ流行し、今も知られている息の長い曲です。)

キャバレーのシーン・ブランコのシーンですが、




どちらかの撮影のおり、作曲者 中山晋平が立ち会い。

その3日後、肺炎で逝去したそうです。


主人公の言葉・・

『 〇〇をしている場合ではない、私には時間が無い』
  

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2/26 雪の日

2009年02月26日


(ゴメンナサイ   HPより無断借用)

雪の日 三大事件。

赤穂浪士討ち入り  12月14日→→1月30日

桜田門外の変     3月 3日 →→3月24日

2.26事件 2月26日


陰暦(左) と 太陽暦(右) を比較すると 東京の降雪は2月位。


  

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2/25 デジタルカメラ

2009年02月25日



7年前デジタルカメラを 小鬼嫁様の強い要望で購入。

フィルム不要が大きな魅力でした。プリンターは1年程たってからでした。

なぜか昨夏、2台フラシュが故障やたらと修理費が高く

仕方なく1台購入。計4台になってしまいました。

でもフィルム・カメラに比べ メモのように撮影できるし

その日のうちに映像化できる点はすごいものがあります。

人だけでなく、物を記録できることが増えました。

楽しい事がたくさんできると 良いのですが。
  

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2/24 ゆたん

2009年02月24日


映画 『聖職の碑』

明治期 修学旅行登山中に学生と校長が遭難する話。



死亡した夫 鶴田浩二に 妻 岩下志麻が

『油単を掛けます』 さて、これが解らない?

母に聞いたら、結婚式の家具を運ぶ時・・・・・

今のブルー・シートのことでした。〈大きな風呂敷?〉

  

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2/23 提灯箱

2009年02月23日


映画『東京物語』

武家屋敷とか古い家屋に見ることがあります。

昔、鴨居や神棚のちかくにあったようです。



提灯箱と呼ばれ、いまならばライト・ホルダーといったところ、

ハンドルをくるくる廻しラジオまで聞けるものもあります。

しかし、高張り提灯、弓張り提灯といっても  むつかしくなりました。
  

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2/22 ゆきひら

2009年02月22日



一時期、この土鍋がアルミ鍋に駆逐されなくなってしまいました。

最近ちょこちょこ見ることができます。ラーメンやミルク沸かしに使います。




むかしむかしの日曜日夕方のテレビ “シャボン玉ホリディー"

老いた父親に双子姉妹が粥を食べさせるギャク・コントがあり、

毎週おちが異なるのですが、この食器に関心をもってしまいました。  

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2/21 長男の部屋

2009年02月21日



4年前、長男中学入学のおり 私の作業場を明け渡しました。

大工さんに説明用に遊んだものです。

ベッド・机の位置は本人の希望に換えましたが、

パソコンはノートになり 部屋はやや広がりました。

しかし、寝る・勉強らしきする時以外は居間で過ごしています。

何より、小学生の次男がユーチューブとウォークマンの音源コピーとか

やっています。こいつももうすぐ中学生。

母が立ち退き要求を迫られています。  

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2/20 ニュース・フィルムの裏

2009年02月20日



昭和20年8月15日 午後の皇居前広場・・・・

当日は数名の勤労女学生が力無く歩いて、画にはならず、

新聞写真は合成です。 大編隊写真・・・・・合成もあったようです。

皇居前で土下座しているシーンは2~3日後。



9月になると元帥が飛来、同行の記者によれば

ただ機内より狂信的テロリストを警戒、 なかなか降りなかったようです。



元帥と天皇陛下の並立写真はあまりに有名ですが、

元帥が反り返っていなければ頭髪の都合があり

撮り直しをしました、元帥にも事情があったのです。



  

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2/19 SMAP 貝

2009年02月19日






(DVD 予告編より〉


最新の『貝』 正月 長男が感動して帰宅。



ある教誨師がこんなこと言ってた、

刑の執行日は夜食が振る舞われ、助かったという。(翌日の0時30分執行)


軍事裁判は勢いこんで始めたものの、

1年も経つと冷めたものになっていたようです。

  

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2/18 明日への遺言 

2009年02月18日


(ブッシュ前米大統領似の弁護士)

    
(太めのマックイーン似の検事)


不思議な映画でした。 

3/4が字幕、大半は検事、弁護士、被告のセリフ。

部下10人は黙って座すのみ。

セットは法廷、獄舎、面会場、法廷前庭のみ。


藤田まこと 〔岡田 資 中将) が毅然とした態度で

一身に任を負おう姿に裁判長以下持て余し気味のドラマ。

60年の時間を感じました。


軍事裁判は失敗だったでしょう。

しかし、弁護士の堂々とした態度がアメリカ民主主義を

日本に受け入れやすくしたようです。  

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2/17 血縁

2009年02月17日



初代警視総監 川路利良。

明治初期、警察の基礎を作り、渡欧後 西南戦争では政府側となる。

つまり、薩摩出身でありながら西郷軍を敵とした。

ために、平成11年・1999年 出身地の霧島市に顕彰碑がやっと建立されたという。

推進メンバーの一人に血縁のフランキー・堺の姿がありました。



東京に粗末な警視庁舎の完成祝いの時、江戸期の警察関連者が

招待、なかに かくしゃくとした銭形平次親分がいたという。




  

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2/16 貝 願望

2009年02月16日


(招集令状を受け取り、作業場で呆然。2分3秒のシーン。)


皇太子御成婚の頃、奇妙な映画が製作されました。

ともかく 『私は貝になりたい』 の言葉は不滅でした。



独房にて執行者を待つ、足音だけで1分。  全シーン3分3秒。




BC級戦犯の獄舎のシーンが淡々と続く。

不条理な軍事法廷を批判するものか、

一市民がこうなってしまうのか、

戦争そのものを批判するものか、

人間の恥部を晒け出しているのか、観てからが辛い映画。


  

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2/15 何でしょう。

2009年02月15日



平成3年3月3日 入籍・ 2月16日 結婚式

私は40歳を越え、小鬼嫁様も40歳に近づきつつありました。


今も思っています、“世界一の馬鹿女だって"

『他に もう少し いいのがいたろうに・・・・って。』
  

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2/14 雪が怖い

2009年02月14日



ビニール・トンネルのグリン・ピースがやや伸びすぎか ?

竹をさし、からませ 3月になったらネットを張る予定です。



12月には遅れ気味の空豆もかなりいいのです。
  

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2/13 薩摩芋研究室

2009年02月13日



薩摩芋の発芽国家的プロジェクトを立上げられるわけもなく、

あの手この手の秘策を胸に、笑わば笑えとばかり。

こんなことしています。苗は必ずしもホーム・センターにあるわけでもなく、

通販でも高い物です。(春まで保存のつもり)

始めは生ゴミの中から見つけ 栽培しました。

異常キノコかとあまり気持ちの良い物ではありませんでした。 
  

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2/12 物騒な話- エデンの東

2009年02月12日




( 映画 『エデンの東』 より)

大正後期、第一次世界大戦の後、

《エデンの東》の舞台となった サリナス周辺では

気候が狂うほどの大開墾が行われました、環境破壊だったのです。

各国の移民団が入植しましたが失敗。

日本移民団が成功、 これが恐怖となり日本人排斥運動になりました。

日米間で緩和しょうと人形の交換がおこなわれました、

童謡〈青い目の人形〉 はこの時のものです。



  

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2/11 物騒な話-3

2009年02月11日


(映画 『トラトラトラ』より)


( 映画 『パール・ハーバー』 より)

同じようなシーンがありました。

聞くところによれば、太平洋戦争の黒人叙勲の第一号とか、

オバマ大統領の礎。


  

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2/10 物騒な話-2

2009年02月10日



割合有名な写真です。 〈手持ちの資料が無くすいません。〉

飯田房太バイロットが撮影した零戦と富士山。

真珠湾作戦において被弾、格納庫に体当たり。

これを見ていた、アメリカは彼を讃え、できる限りの遺品を集め

手厚く埋葬していたようです。



〈映画 『トラトラトラ』より)

平成11年冬、 彼の碑の建立と、遺品の返還が遺族を集め

ハワイでおこなわれたことが地方紙にのりました。

彼の未亡人が立川で教師をしていたそうです。  

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2/9 物騒な話-1

2009年02月09日







40年以上前に製作された映画 『 トラトラトラ 』 です。

一方的に負けた戦闘を勝った側が作ることに疑問を感じました。

アメリカでは一週間も上映できなかったそうです。

日本側も遠慮がちに報道をしていました。


ただ、模型でしか戦争映画を見たことのない日本では女性まで

興味を持って観劇。 実は大ヒットでどうにか採算がとれたようです。


劇中、明確に事実と異なるシーンがありました、(上から2段目)
航空母艦の赤城の艦橋は左側ですが、
借用できる空母が右側だったために そのままにしたのでしょう。
  

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